ふぉーえばーチャットモンチー

東京に初めて行ったとき、東京ハチミツオーケストラを流しながら、これが東京なんだ!すげぇ!俺、ここでビッグになる!

なんてことは自分の人生にはなかったけれど、ふと、彼女たちの歌を聴くと、そんな未来があったのかもしれないと思えてしまう。

チャットモンチーが完結してから、日本の空は泣き続けている。

えっちゃんも泣いて、福岡晃子も泣いて、どこかできっと高橋久美子も泣いていたのかもしれない。

あーなんて寂しい夜なのだろうか。

もっと、もっとチャットモンチーを好きでいればよかった。そう思えるぐらい、最後のワンマンライブは切なくて、激しくて、感動的だった。

ガールズバンドはどうしようもなく切なく感じるのは、少女だった彼女たちが女性になるという、変化が確実に生じるからだと思う。あの頃のままで歌い続けることなんて、できない。荒くて、疾走感任せの音楽をずっとやっていければ、なんて甘くなくて、沢山の変身を繰り返し続けたチャットモンチーは完結を迎えた。

もう会えないってこんなにも切ないことなのか、何でもない毎日が本当は記念日だったって今頃気づいたんだと、彼女たちは最後にそう歌った。映画でも音楽でも小説でも、色んな作品の中に、そんなメッセージは込められて、こんなくだらない毎日もそんなふうに生きてみようと思うけど、やっぱり忘れてしまうのが人間という生き物で、だから、こうやって、作品を通して、当たり前の毎日の大切さに気づこうとするのかもしれない。

 

チャットモンチーにありがとう。